開高健「白いページ」

開高健の書く食べ物のエッセイが好きだ。というか、スゴイ、脱帽。
例えば「白いページ」という本の中の「食べる」という作品。志賀直哉の「暗夜行路」の一節に女のことを形容して「どこか遠い北の海でとれたカニを思わせるようなところがあった」とあるのがよく納得できないでいたことを語った後、越前岬の漁師宿でとれたての松葉ガニを食べた時の次の描写。

 ついに謎の半ばはわが手に落ちた。いまではそのカニのことが書けそうである。赤い、大きな足をとりあげて殻をパチンと割ると、なかからいよいよ肉がでてくる。それは冷たいげれど白く豊満で、清淡なあぶらがとろりとのり、赤と白が霜降りの繊鋭な模様となって膚に刷かれてあり、肉をひとくち頬ぱると甘い滋味が、冷たい海の果汁が、口いっぱいにひろがる。これを高級料亭のようにおちょぼ口でやってはいけない。食べたくて食べたくてムズムズしてくるのをジッと耐えながらどんぶり鉢に一本ずつ落していき、やがていっぽいになったところで、箸いっぱいにはさみ、アア、ウンといって大口あけて頬ばるのである。これである。これでないといけない。超一流品を車夫馬丁風にやる。その痛快味が手伝ってくれるので、ヒリヒリしてくる。

なんだか読んでいるだけで目の前にそのカニが現れて、香りが漂ってくるような気がしませんか?
興味のある方は 白いページ 1 (角川文庫 緑 242-7) この本です。

ついでに。
開高が晩年を過ごした茅ヶ崎市の自宅が、今は記念館になっています。金土日と祝日だけしか開いていませんが。
開高健記念館 http://kaiko.jp/kinenkan/
ここでは作家にゆかりの方々が開高健を語る紅茶会が開かれています。一度だけ参加したことがありますが、とてもゆったりと時間が流れる素敵な会でした。
http://kaiko.jp/news/kochakai.html